抗血栓療法

低用量アスピリンの心血管疾患一次予防 <60歳以上の動脈硬化リスクのある日本人を対象>

1960年から2000年にかけて、喫煙者や高血圧患者の血圧も改善されてきたが、食生活やライフスタイルの欧米化に伴い糖尿病は急激に増加した。2030年には日本の人口の1/3が65歳以上になるため、日本において心血管疾患の一次予防は重要である。

2009年のATTC(antithrombotic Trialists’ Collaboration)は血管疾患一次予防目的に施行された6臨床試験のメタ解析を行った。アスピリンの投与により、12%の重篤な血管イベントを抑制 (アスピリン投与群:0.51%/年、アスピリン非投与群:0.57%/年) したが、重大な消化管出血及び頭蓋外出血を増加させる結果(アスピリン投与群:0.10%/年、アスピリン非投与群:0.07%/年)であった。

日本人では冠動脈疾患一次予防でのアスピリンの使用は一般的ではない。動脈硬化リスク(高血圧、脂質異常症、糖尿病)を有する60歳以上の日本人患者に対し、低用量アスピリンを投与することで心血管疾患を予防できるか調べたRCTである。(JPPP;the Japanese Primary Prevention Project)

〇この論文のPICOはなにか
P:高血圧、脂質異常症、糖尿病を有する患者に
I:腸溶性アスピリン100mgを投与すると(アスピリン群)
C:非投与の場合と比較し(通常治療群)
O:心血管死(心筋梗塞、脳梗塞、その他の心血管疾患)、非致死的心筋梗塞、非致死的脳梗塞が減るか(複合エンドポイント)。secondary endpointについては割愛。

その詳細としては、
Inclusion criteria:高血圧(SBP≧140mmHg、DBP≧90mmHg)、脂質異常症(総コレステロール≧220mg/dl、LDL≧140mg/dl、HDL≦40mg/dl、TG≧150mg/dl)、糖尿病(空腹時血糖値≧126mg/dl、随時血糖≧200mg/dl、食後2時間血糖≧200mg/dl(OGTT)、HbA1c≧6.5%
exclusion criteria:冠動脈疾患や脳血管疾患(TIAを含む)や外科的治療・インターベンションが必要な動脈硬化性疾患の既往、心房細動、胃潰瘍、出血に関連する疾患、アスピリン喘息、他の抗血小板薬や抗凝固薬の使用など

〇baselineは同等か
年齢、性別、血清LDL値・HDL値、血圧、空腹時血糖値、HbA1c、喫煙、家族歴など、すべて同等。

〇ランダム割付されているか
コンピュータによる中央割付方式がとられており、最小化法を用いて7つのクラスに層別化されている。

〇すべての患者の転機がOutcomeに反映されているか
ランダム割付された14658例のうちプロトコール違反、Inclusion Criteriaを満たさない症例、同意の撤回、クリニックの閉院などが194例あり、それを除いた14464例が解析されている。つまり、厳密なITT解析ではなく、modifiedITT解析が行われている。

アスピリン群7220例(上記の除外症例が103例)、通常治療群7244例(上記の除外症例が91例)で、脱落率(除外症例とフォローアップ不能例)はそれぞれ12.2%と11.5%と解析に重大な影響を及ぼすほどの脱落ではないと考えられる。

〇盲検化されているか
PROBE試験であり、患者と治療介入者は盲検化されていない。Outcome評価者は治療介入者であり盲検化されていない。解析者については記載がない。

〇症例数は十分か
心血管死(心筋梗塞、脳梗塞、その他の心血管疾患)、非致死的心筋梗塞、非致死的脳梗塞は約1.5-2.0%で起こり、アスピリンの投与により20%のリスク減少となると仮定されている。power80%、αevel0.05とし、必要症例数は10000例と算出されている。

〇結果の解釈
観察期間は中央値5.02年(四分位範囲4.55-5.33年)であった。アスピリン群での継続率は1年の時点では89.9%、5年間では76.0%であった。また、通常治療群ではアスピリンの内服が毎年1.5%ずつ増加していき、5年では9.8%が内服していた。他の抗血小板薬や抗凝固薬は禁止であったが、5年でアスピリン群で10.5%、通常治療群で10.4%内服していた。

primary endpointは心血管死(心筋梗塞、脳梗塞、その他の心血管疾患)、非致死的心筋梗塞、非致死的脳梗塞の複合エンドポイントだが、アスピリン群で2.77%(95%CI:2.40%-3.20%)、通常治療群で2.96%(95%CI:2.58%-3.40%)であり、HR0.94(95%CI:0.77-1.15;P=0.54)と統計学的有意差はなかった。

高血圧症、脂質異常症、糖尿病、家族歴、性別、年齢(70歳)、BMI(25)、喫煙の有無によるサブグループ解析では、いずれのサブグループもアスピリンの有効性は証明されなかった。

安全評価項目であるが、アスピリンの内服は胃十二指腸潰瘍、逆流性食道炎などを統計学的有意差をもって増やしており、消化管出血はアスピリン群で1.41(95%CI:1.15-1.70)、通常治療群で0.42(95%CI0.29-0.60)とこれも有意にアスピリン群で多かった。

60歳以上の動脈硬化リスクのある日本人では、心血管疾患の一次予防でのアスピリンの効果はなく、消化管出血を1%増やしてしまうということだ。