不整脈

高齢者に対する抗血栓療法 ESC expert position paper

Antithrombotic therapy in the elderly: expert position paper of the European Society of Cardiology Working Group on Thrombosis.
Eur Heart J. 2015 Dec 7;36(46):3238-49

《抗血小板薬》
アスピリン
アスピリンはCOX−1を非可逆的に阻害する。心血管イベントの一次予防や二次予防で多くの試験が行われているが、70歳以上のデータは不十分である。65歳未満でも、65歳以上でも一次予防と二次予防の血管イベントの減少率は同程度である(それぞれ13%、12%)。

高血圧症、高脂血症、糖尿病を有する60−85歳の患者を対象としたJapanese Primary Prevention Project (JPPP)では、アスピリン投与群では2.77%(95%CI:2.40-3.20)、アスピリン非投与群では2.96%(95%CI:2.58-3.40)で、アスピリンは心臓死・非致死的心筋梗塞・非致死的脳梗塞の一次予防には無益であった(HR:0.94,95%CI:0.77–1.15)。心筋梗塞やTIAは半減したが、重大な頭蓋外出血が約2倍になったのだ。

欧米では、70歳以上で一次予防を目的としたAspirin in Reducing Events in the Elderly trialが進行中である。

二次予防でも、一次予防と同程度のリスク減少が認められている。年齢は、冠動脈イベントや虚血性脳梗塞の独立したリスク因子だが、出血性脳梗塞や頭蓋外出血のリスク因子でもある。消化管出血は、70歳以上になると著しく上昇するが、NSAIDsや胃粘膜障害の既往がある場合にはより顕著である。

低容量アスピリンの二次予防での使用は、アレルギー、活動性出血、頭蓋内出血がない限り推奨する。一次予防での使用は現在進行中の試験で明らかになるだろうが、アスピリンが大腸癌やその他の癌を減らすことも報告されており、それが長期成績に良い影響をもたらすかもしれない。

チエノピリジン:チクロピジン、クロピドグレル、プラスグレル
チエノピリジンはP2Y12受容体を不可逆的に阻害するプロドラックである。クロピドグレルは、アスピリンを使用できない安定した冠動脈疾患患者や、ACSや待機的PCI施行1年後までアスピリンと併用される(DAPT)。DAPT期間については議論があるが、DAPT試験では、30ヶ月のDAPTは12ヶ月のDAPTと比較し、虚血性イベントは有意に減少させたが、出血性イベントも有意に増加させた。75歳以上でも同様の結果であった。

TRITON−TIMI38試験では、PCIが施行されたACS患者のDAPTを、クロピドグレルとプラスグレルに割り付けて、平均14.5ヶ月フォローアップした。プラスグレルは心血管死・心筋梗塞・脳梗塞を有意に減少させた(HR:0.81、95%CI:0.73−0.90)。しかし、CABG関連大出血は有意に増加し(HR:1.32、95%CI:1.03−1.68)、特に75歳以上で顕著であった。また、脳梗塞やTIAの既往がある患者には、プラスグレルは有害である。

ESCのSTEMIガイドラインでは、75歳以上ではプラスグレルの使用(ローディング60mg、維持量10mg)は推奨していない。European Medicines Agency(EMA)とFood and Drug Administration(FDA)は、75歳以上では維持量を5mgにすることを推奨している。

NSTEMIでのプラスグレルのローディングは、診断時と冠動脈造影後では出血リスクは1.9倍になるため、冠動脈造影後にローディングすることを推奨している。これは75歳以上でも同様である。

《経口抗凝固薬》
ワルファリン
米国は年間約10万件の薬剤の有害事象での緊急入院があるが、その1/3はワルファリンが関係している。ランダム化試験から算出したワルファリンの大出血の年間発症率は、75歳未満で1.7−3.0%、75歳以上で4.2−5.2%であった。

高齢者では若年者より低容量で目標INRまで達し、上昇したINRが正常化するまでの時間が長い。よって、高齢の心房細動患者のワルファリンの使用は禁忌ではないが、容量は少なく、よりタイトなモニタリングが必要である。

直接トロンビン阻害薬:ダビガドラン
非弁膜症性心房細動患者を対象にしたダビガトランの第3相試験では、ダビガトラン150mgBIDはワルファリンと比較し有意に脳梗塞・全身性塞栓症を減少させた。また、重篤な頭蓋外出血に関しては、110mgBIDはワルファリンと比較し20%の相対リスク減少をもたらしたが、75歳以上でも同様の効果があるかは明らかではない。頭蓋内出血は年齢や容量にかかわらず減少させる。

150mgBIDでは、消化管出血や75歳以上の出血リスクは増加する。80%が腎代謝のため、CrCl<30ml/minでは禁忌だが、FDAは75mgBIDを提案している。欧州では110mgBIDの容量を、75−79歳では考慮、80歳以上では推奨としている。米国では110mgは発売されていない。

直接第Xa因子阻害薬:リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバン
脳梗塞リスクの高い患者を対象(44%は75歳以上)としたROCKET−AF試験で、リバーロキサバンはワルファリンと比較し、脳梗塞・全身性塞栓症の予防に対する効果は非劣性であった。頭蓋内出血や致死的出血は低く、消化管出血が多かった。

ARISTOTLE試験には75歳以上の患者は13%含まれ、アピキサバンはワルファリンと比較し脳梗塞・全身性塞栓症を有意に減少させた。また、消化管出血の増加は認められなかった。

ENGAGE AF-TIMI48試験には75歳以上の患者が40%含まれ、脳梗塞・全身性塞栓症に対するエドキサバン60mgQDの効果はワルファリンに対し非劣性で、消化管出血はより多くみられた。30mgQDは虚血性脳梗塞を増加させたが、全死亡や消化管出血は低下させた。

《高齢者の出血の予防と対処》
期間と治療強度
ACSではDAPTは1年間行うことが推奨されている。出血はクロピドグレルよりプラスグレルやチカグレロルで多いが、75歳以上ではチカグレロルは死亡率を低下させる。

PCI時の穿刺部位
大腿動脈より橈骨動脈を推奨。

PPIの使用
ESCガイドラインではDAPT下では、消化管出血の予防目的のPPIの使用を推奨している。単剤の抗血栓薬を内服している高齢者でもPPIは有効かは不明である。クロピドグレルを内服している場合は、パントプラゾールなどCYPC19の阻害能の低い薬剤の使用が望ましい。

その他の対策
血圧コントロール、NSAIDsやステロイドの使用を避けるあるいは制限すること、多量の飲酒を避けること。